ふるさと守山 デジタル資料集

5. 赤野井遺跡

奈良時代

710年、都が奈良県の藤原京から平城京に移されました。東西南北に整然と道路を配置した 都です。奈良時代は、法律に従って天皇のもとで貴族が役人を使って政治を行いました。  地方は国、郡、郷に小さく分けられ、それぞれに役人が配置されました。現在の守山市域は、 当時の野洲郡と栗太郡の一部から成り立っていました。

赤野井遺跡

赤野井町の南の水田の中に、赤野井遺跡があります。ここには棟の方向を東西南北にそろえた 建物跡があり、奈良時代の役所跡の一部ではないかと考えられています。文字の書かれた土器が 出土していますが、おそらくはその役所につとめる役人がその土器に文字を書いたのでしょう。 当時、農民は文字を読み書きできませんでした。

建物跡

文字の書かれた土器

文字の書かれた土器

赤野井遺跡の写真 赤野井遺跡の写真 赤野井遺跡の写真

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